2023年の調査で日本の空き家は900万戸、空き家率は13.8%と過去最多を記録した。相続、税制、人口減少が絡み合う構造を解きほぐし、10年に及ぶ対策と各国の経験から、縮小する国の選択を検証する。
この数字の出所は総務省統計局である。同局は5年ごとに全国の住宅ストックを調査しており、2024年9月に公表した確報集計では、総住宅数6504万7000戸のうち空き家が900万2000戸に上った。前回2018年の848万9000戸から、51万3000戸の増加である[1]。空き家率は13.6%から13.8%に上昇し、戸数・率ともに過去最高を更新した✓ 確認済み事実 [2]。日本では1968年以降、住宅数が世帯数を一貫して上回っており、2023年には1世帯あたり1.16戸に達している[1]。人口が14年連続で減少している国において[51]、この余剰はもはや「ゆとり」とは呼べない。むしろ残滓である。都市へ移り住んだ家族、介護施設に入った高齢者、跡を継ぐ者のないまま世を去った人々。空き家とは、そうした人々が後に残した物理的な痕跡にほかならない[3]。住む人のいない家は今や、日本の人口減少を最も目に見える形で測る物差しとなっている。
統計局自身による要約は、異例なほど率直である。空き家は途切れることなく増加を続け、1993年から2023年までの30年間でおよそ2倍になったという[1]。1993年に約450万戸だった空き家は、30年後にはその2倍に達した。その間に全国の人口はピークを越え、減少に転じている[3]。増加は、山間の過疎集落だけに限られた話ではない。都道府県別に見ると、空き家数が最も多いのは東京都で、90万戸近くに上る。2003年の約66万5000戸から35%増えた計算であり、大阪府も約70万戸を抱えている[52]。もっとも、首都で空き家とされる住宅の大半は、入居者の入れ替わりを待つ賃貸住宅である。空き家率で見ると、戸数とは異なる地理が浮かび上がってくる。人口減少が町や村に構造的な打撃を与えている場所を示すのは、戸数ではなく率なのである。
空き家率の上位には、地方や周縁部の県が並ぶ。徳島県が21.3%で最も高く、和歌山県21.2%、鹿児島県20.5%、山梨県20.4%、高知県20.3%、長野県20.1%と続く[1]。対照的に、埼玉県は9.3%、沖縄県は9.4%、神奈川県は9.8%、東京都は10.9%にとどまった✓ 確認済み事実 [1]。西日本から中部にかけての広い範囲では、ほぼ5戸に1戸が空き家である。首都圏ではそれが10戸に1戸程度にすぎない。この差は、建築慣行の違いや調査手法の違いでは説明がつかない。若者が去り、高齢の住民が残った地域の分布と、ほぼ正確に重なるのである[3] [9]。空き家率の高い県は、高齢化が最も進み、若い女性が最も少ない県でもある。若年女性の数は、人口学者が地域社会の再生産力、つまり共同体が自らを更新できるかどうかを測る際に用いる指標である。
もっとも、900万戸という数字には重要な留保が要る。そのほぼ半数にあたる443万6000戸は、入居者の入れ替わりを待つ通常の賃貸用住宅であり、どの国の住宅市場にも見られる現象である[1]。ほかに、売りに出されている住宅や、別荘などの二次的住宅も含まれる。最も重要なのは、統計局が「その他の空き家」と呼ぶ区分である。賃貸用でも売却用でもなく、別荘としても使われていない住宅を指す。2023年には385万6000戸に上り、5年間で36万9000戸増えた。総住宅数の5.9%に相当する規模である✓ 確認済み事実 [1]。nippon.comが速報集計を分析したところ、この区分は空き家全体の42.8%を占め、2003年の32.1%から上昇していた。2018年以降の増加分も、72%がこの区分によるものだった[3]。これこそが空き家問題の本体である。使われなくなったまま将来の計画もなく、多くの場合、誰かが積極的に何かを決めることさえないまま、ただ年月だけが過ぎていく住宅である。
その中核を占めるのは一戸建てである。空き家となっている一戸建てのうち80.9%、285万1000戸が「その他」の区分に属する[1]。このパターンは、ある特有のライフサイクルを示している。1960年代から80年代にかけて、家族の住まいが建てられる。子どもは進学や就職を機に都市へ出ていく。親は年老い、介護施設に入るか、亡くなる。そして家は、別の土地で暮らし、その家を必要としない相続人の手に渡る[3] [5]。nippon.comはこの力学を簡潔にまとめている。遠方に住む親が老人ホームに移ったり亡くなったりすると、家族は家の処分に苦慮し、空き家のまま放置してしまうというのである[3]。この流れには、政策の失敗は何ひとつ必要ない。必要なのは、ある世代の所有者が、地元に住む後継者よりも長く生きることだけである。そしてそれこそが、人口統計が国内の大半の地域で示している現実なのである。
見通しは、同じ傾向の延長線上にある。野村総合研究所は2024年6月、除却や用途転換が加速しない限り、2043年には空き家率が約25%、空き家数は約1861万戸に達しうるとの予測を示した◈ 強力な証拠 [4]。同研究所はまた、すでに物理的に劣化した一戸建ての空き家が2023年時点で82万戸あり、2043年には165万戸に達しうると推計している[4]。この種の予測は、新築と除却に関する前提によって大きく変わる。2033年までに空き家が2170万戸、住宅ストックの約30%に達するとした野村総研の以前のシナリオも、その後下方修正された[43]。しかし、空き家数が減少に転じると示す信頼に足る予測は、一つとして存在しない。したがって本稿が問うのは、日本の空き家が増えるかどうかではない。空き家が立ち並ぶ地域に何が起きるのか。そして国がこれまで講じてきた施策は、その規模に見合っているのか。それが本稿の問いである。
まずは価値の問題である。日本の税制と市場慣行は、木造住宅を、時間とともに価値を失っていく資産として扱う。減価償却における木造住宅の法定耐用年数は22年である。中古市場では、木造一戸建ては築20年ほどで建物価値がほぼゼロと評価されるのが一般的で、実質的には土地代だけで取引される[12]。東京都市大学の秋山祐樹は2024年、この現象の文化的な側面について、日本では家は新しいほど高く売れると語った[5]。衰退する町に1975年に建てられた家は、建物としての価値がほとんどなく、土地としての価値も乏しいことが多い。相続人にとってそれは資産というより、維持費や保険料、毎年の税負担がつきまとう負債である[43]。価値がマイナスの資産に対する合理的な対応は、手を付けずにおくことである。そして多くの相続人が、まさにそうしている。
第二の要素は、市場の構造である。日本の既存住宅市場は、国際的に見て際立って小さい。国土交通省(MLIT)が2023年にまとめた資料は、住宅流通全体に占める既存住宅の割合を国際比較している。2018年の日本は14.5%にすぎず、米国の81.0%、英国の85.9%、フランスの69.8%を大きく下回る◈ 強力な証拠 [13]。買い手は新築を求め、金融機関や不動産鑑定士はそれを前提に価格を付け、住宅会社は新築を供給し続ける。野村総合研究所によれば、2023年度の新設住宅着工戸数は80万戸であり、2030年度に77万戸、2040年度に58万戸と予測されている[4]。人口が減っている国で、なお毎年数十万戸の新築が建ち、その陰で古い家が静かに使われなくなっていく。新築と放置は、同じ市場の表と裏なのである。
第三の要素は税である。1973年以降、住宅が建つ土地には固定資産税の軽減措置が適用されてきた。1戸あたり200平方メートルまでの小規模住宅用地は、課税標準が評価額の6分の1に抑えられる[11]。家を取り壊せば土地の区分が変わり、この軽減を失うことになる。ジャパン・プロパティ・セントラルの試算では、放置された家を解体すると、土地にかかる年間の税額は3倍から6倍に増えうる[11]。解体そのものにも費用がかかり、衰退地域では土地の価値を上回ることも珍しくない。結果として生じるのが、ゆがんだ誘因である。相続人にとって最も安上がりなのは、朽ちていく建物をそのまま残し、わずかな税を払い、何もしないことなのである[11] [16]。成長する国で持ち家を手の届くものにするために設けられた制度は、縮小する国では、荒廃を支える静かな補助金と化した。
第四の要素は相続と登記である。2024年4月まで、日本では相続した不動産の登記は任意だった。土地の価値が低い場合は特に、多くの相続人が登記をしないまま放置し、世代を重ねるうちに所有権は数十人の親族に細分化していった[10] [18]。元総務相の増田寛也が座長を務めた研究会は2017年、所有者不明の土地が約410万ヘクタールに及び、九州の面積を上回ると推計した。2040年には約720万ヘクタールと、北海道の面積に迫る規模に達しうるという◈ 強力な証拠 [10]。売買契約や解体の同意書に署名する人が見つからなければ、家は売ることも、修繕することも、取り壊すこともできない。家はただ待ち続ける。そして待つ年月が延びるほど、利用は難しくなり、撤去にかかる費用はかさんでいく。
半世紀にわたり、固定資産税は、どれほど荒れ果てていても家が建っている限り、小規模住宅用地を評価額の6分の1で課税してきた[11]。1973年に持ち家を後押しするために設けられた措置は、縮小する国において、放置を支える補助金となった。2015年と2023年の改正でも、軽減が外れるのは、市町村が当該住宅を危険あるいは管理不全と正式に指定した後に限られる[14] [16]。数百万に及ぶ建物を前にして、1件ずつ進めるしかない遅い手続きである。
金銭面の障壁に、感情面と実務面の障壁が重なる。空き家所有者を研究してきた筑波大学の久保倫子は、多くの高齢者が、実家の維持といった重要な事柄について子どもと話し合ったことがないと答えたことを明らかにした[49]。家には家財が残され、仏壇が置かれ、近くには先祖の墓がある。売却か解体かの決断は先送りされ、やがて愛着も土地勘もない誰かの手に委ねられる。神田外語大学のジェフリー・ホールは、こうした家の多くが、公共交通や医療、さらにはコンビニエンスストアからも切り離されていると指摘する[5]。つまり、売る気のある所有者でさえ、買い手を見つけられない可能性がある。空き家を生むのは、怠慢や放置だけではない。決断を迫られる瞬間が、どこにも訪れないことなのである。
これらの要素を合わせると、個別の失敗の寄せ集めではなく、一つの体系が浮かび上がる。急速に価値を失う建物、新築志向の買い手文化、解体を罰する税制、そして所有権が匿名性のなかに溶けていくことを許した相続制度。そのすべてが、同じ方向を指している◈ 強力な証拠 [10] [11] [12] [13]。いずれの制度も、人口が増え、土地が希少だった時代には理にかなっていた。だが日本人の人口が年に100万人近いペースで減っている今、同じ制度が家を「座礁資産」に変えている。改革はすでに始まっており、その到達点は第5章で検証する。しかし空き家問題の規模を決めるのは、個々の制度よりも、それらに燃料を注ぐ人口動態の力学である。次章では、その力学を取り上げる。
縮小の算術
出生、死亡、そして744の自治体
空き家は、平時には前例の少ない人口収縮が、目に見える形で表れた最前線である。2024年、日本人の出生数は68万6061人、死亡数は160万5298人で、わずか1年間で91万9237人の自然減となった✓ 確認済み事実 [6]。
厚生労働省の2024年人口動態統計は、厳しい現実を突きつけている。出生数は前年から4万1227人減って68万6061人となり、統計を取り始めた1899年以降で初めて70万人を割り込んだ[6] [7]。合計特殊出生率は1.20から1.15に低下した。死亡数は160万5298人に達し、死亡数から出生数を引いた自然減は91万9237人と、18年連続で拡大した[6]。比較のために言えば、日本の出生数のピークは1949年の269万6638人である[6]。石破茂首相はこの状況を「静かなる有事」と表現した[7]。戦後の団塊世代とその子ども世代に向けて建てられた家は、いまや住み手だった世代よりも長く残っている。そして後に続く世代には、それを引き継ぐ人がはるかに少ない。
全国の人口も、同じ道をたどっている。2024年10月1日時点で日本の総人口は1億2380万2000人となり、1年間に55万人減少した。日本人の人口は自然減だけで約89万人減り、比較可能な1950年以降で最大の減少幅となった[51]。国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計(出生中位・死亡中位)によれば、総人口は2050年に約1億470万人、2070年には約8700万人まで減少する。2020年の水準を約30%下回る数字であり、65歳以上の割合は38.7%に達する◈ 強力な証拠 [8]。推計上の減少一つひとつは、いずれ家を必要としなくなる世帯を意味する。日本の住宅ストックは、やがて存在しなくなる人口を前提に積み上がっているのである。
減少は、全国に均等に広がっているわけではない。2024年4月、増田寛也が副議長を務める民間の有識者会議「人口戦略会議」は、全国1729自治体のうち744、約43%を「消滅可能性自治体」に分類した。2020年から2050年までに、20〜39歳の女性人口が半数以下に減ると推計される自治体である◈ 強力な証拠 [9]。増田が率いたグループが2014年に公表した報告書では、該当自治体は896に上っていた。数が減ったことは、回復を意味しない。インスティテュート・フォー・ソーシャル・ビジョン・デザイン(社会構想を研究する民間機関)は、改善の主因が人口動態の好転ではなく、人口移動と外国人住民の増加にあると指摘する。同会議はまた、東京23区を含む25の自治体を「ブラックホール型自治体」と位置づけた。他地域から若者を吸い寄せながら、出生率が極めて低い自治体である[9]。首都は、地方を空洞化させる若者を吸収し、しかもその世代を再生産しない。
国内の人口移動が、この効果をさらに強めている。2024年、東京都は7万9285人の転入超過となり、前年より約1万1000人増えた。東京圏全体では13万5843人の転入超過である[24]。転入超過が最も大きかったのは20〜24歳で、8万6908人に上った。転入超過となった都道府県は、わずか6つにすぎない[24]。この流れは、本来なら新たな世帯を築き、実家を受け継ぐはずの年齢層を、周縁の地域から奪っていく。地元を離れる若者一人ひとりの背後には、いずれ家を残して去ることになる親がいる。空き家の分布図は、人口移動の分布図を時間差で映し出したものである。その時間差とは、地元に残った親が年老いて家を離れるまでの30年から40年にほかならない。
これは日本の人口減少がもたらした症状である。住宅を建てすぎたことが問題なのではない。人が足りないことが問題なのだ。
――ジェフリー・ホール(神田外語大学)、CNN、2024年5月ホールの見立ては、空き家をめぐる議論がしばしば見落とす点を突いている。日本に空き家があるのは、主として誤った場所に、誤った様式で家を建てたからではない(どちらも実際に起きたことではあるが)。人の数が建物の数より速く減っているからである◈ 強力な証拠 [5] [1]。日本の総住宅数は、人口が縮小するなかでも、2018年の6240万戸から2023年の6500万戸へと増えた[1]。年約80万戸の新築が続き[4]、人口が年に数十万人ずつ減っていく限り、空き家数はほぼ機械的に増えていく。既存の空き家だけに焦点を当てる政策では、この根底にある流れを変えることはできない。
この算術は、全国平均が地域の打撃を過小に見せてしまう理由も説明する。空き家が均等に散らばっていれば、13.8%という空き家率は対処可能な水準かもしれない。だが実際はそうではない。過疎地域に指定された885の市町村は国土の63.2%を占めるが、そこに暮らすのは人口のわずか9.3%である[38]。こうした地域では、空き家は人の住む家々に囲まれて建っているのではない。ほかの空き家に囲まれ、商店もバスも減り、屋根が崩れ落ちても気づく人さえ少ない通りに立っている。全国統計が空き家率の緩やかな上昇として記録するものは、通りの単位で見れば、いくつもの臨界点を次々に越えていく過程である。次章では、その現場の姿を見ていく。
最も差し迫った懸念は、災害リスクである。日本は地震の多い国であり、空き家の多くは古い木造建築である。秋山祐樹は2024年、地震や津波が起きた際、空き家が倒壊して避難路をふさぐおそれがあると警告した[5]。2023年時点で劣化した空き一戸建てが82万戸あるとする野村総研の推計[4]は、その規模を物語っている。いずれも倒壊のおそれがあり、台風で瓦を落とし、害獣のすみかとなり、火災の危険をはらむ建物である。しかも、所有者に連絡がつかないことも少なくない[10] [14]。市町村には対処する法的権限がある。だが第5章で見るように、その行使はごく限られてきた。実際には、そうした危険を背負わされているのは、こうした建物の隣で今も暮らし続ける住民なのである。
人口減少の生態学的な最前線も、じわじわと前進している。2023年度、クマによる人身被害は219人と当時の過去最多を記録し、うち6人が死亡した。被害の約70%は東北地方に集中していた[39]。2025年度はさらに深刻で、11月20日までに238人が死傷し、うち13人が死亡した。秋田県だけで被害者は66人に上る[40]。直接的な要因はブナの実の凶作とされ、個々の被害と個々の空き家を結びつける証拠はない[40]。それでも、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、より大きな構図を的確に捉えている。人間が農村を去り、入れ替わるようにクマが入り込んでいるというのである[39]。放棄された果樹園、手入れされない田畑、そして空き家は、かつて野生動物を森の縁にとどめていた人間活動という緩衝帯を、少しずつ消し去っていく。
縮小する地域は、より大きな人口に合わせて整備されたネットワークを引き継ぐことになる。インスティテュート・フォー・ソーシャル・ビジョン・デザインの推計では、日本のインフラ更新には今後30年間で約190兆円が必要となり、現在の投資水準のままでは年約1兆3000億円の資金が不足する[9]。住民が去るにつれ、道路、水道管、バス路線のそれぞれについて、残った1世帯あたりの負担は増していく。しかも最後まで残る住民は、たいてい最も高齢で、最も移動の難しい人々である。
この問題の人間的な側面は、過疎市町村自身の統計に表れている。過疎市町村に指定された885の市町村は、2022年時点で全市町村の51.5%を占め、面積は23万8675平方キロメートルに及ぶ。しかし人口は1166万8630人にすぎない✓ 確認済み事実 [38]。児童がいなくなって学校が閉じ、路線バスが廃止され、地元の商店が店を畳む。それは単発の出来事ではなく、絶え間なく続く過程である[47] [48]。閉鎖が一つ起きるたびに、次の転出は起こりやすくなり、新たな家族の転入は起こりにくくなる。空き家の悪循環は、こうして両側から強まっていく。こうした町の家が価値を失うのは、古いからだけではない。暮らしを支えてきたサービスが、周囲から一つまた一つと消えつつあるからである。
徳島県(全国で最も空き家率が高い県である)の山あいにある集落、名頃は、この過程を象徴する場所として世界に知られるようになった。かつて約300人が暮らした集落は、住民数十人にまで縮んだ。地元の人形作家、綾野月見は、亡くなったり転出したりした住人の代わりに、等身大の人形を通りや閉校した学校に置いていった[42]。学校は2012年、最後の2人の児童が卒業して閉校した[42]。名頃はしばしば、奇妙な名所として紹介される。だが、むしろ未来の先取りとして読むほうが適切である。人口がいかなる公共サービスも維持できない水準まで落ち込み、家の数が、そこに住みうる人の数を大きく上回る場所なのである[1] [42]。885の過疎市町村に点在する多くの小集落が、はるかに少ない注目のもとで、同じ算術に直面している[38]。
孤立は、農村だけの現象ではない。警察庁は2024年、この種の集計として初めて、自宅で一人で亡くなった人が7万6020人に上ったと発表した。その76.4%が65歳以上であり、死後1か月以上たって発見された高齢者は約4538人に及ぶ[41]。最も多かったのは東京と大阪であり、辺境の村ではなかった[41]。空き家との関連は間接的だが、確かに存在する。高齢者が一人で暮らす家は、統計的に見れば将来の空き家である。住人が亡くなれば、その家は、あらゆる意味で遠く離れた相続人の手に渡ることが多い[3] [49]。2033年の空き家統計に載る家々は、すでに2026年の住宅ストックのなかで、一人きりの暮らしとして息づいているのである。
こうした影響は、全国を一つの数字で表す統計には表れない。空き家率は、建物の比率にすぎない。人口減少の実感とは、隣人を失い、サービスを失い、共同体がただそこにあるだけで担ってきた日常的な維持管理を失うことである。その密度が一定の水準を下回ると(学校を維持するだけの子ども、バスを走らせるだけの乗客、消防団を保つだけの世帯がいなくなると)、衰退は自己強化的になる◈ 強力な証拠 [9] [48]。日本の政策当局は少なくとも10年前からこの点を認識しており、2015年以降、使える法的手段も大幅に広がった。次章では、当局がそれらの手段で何をしてきたのか、そしてその成果が問題の大きさと比べてどうなのかを検証する。
空家等対策の推進に関する特別措置法(空家法)は、2015年5月に全面施行された。同法により市町村は、倒壊のおそれがある建物や、周囲に著しい悪影響を及ぼす建物を「特定空家等」に指定できるようになった。所有者に対して助言・指導、勧告、命令を行い、固定資産税の軽減措置を外し、最終手段として所有者の負担で建物を解体する行政代執行を行うことができる[11] [14]。2025年3月31日までに、市町村は累計で4万2768件の助言・指導と4153件の勧告を行い、所有者を特定できない場合を含め、878件の代執行などの措置を実施した✓ 確認済み事実 [14]。国交省が以前に公表したデータによれば、2023年3月までに83%の市町村が空家等対策計画を策定していた[53]。それまでほぼ皆無だった手続きを、この法律は自治体に与えたのである。
2023年の法改正(同年12月施行)は、対象をさらに広げた。市町村は、放置すれば特定空家等になるおそれのある「管理不全空家等」にも対処できるようになり、正式な勧告によって、危険な段階に達する前に住宅用地特例を外せるようになった[16]。改正ではほかに、空家等活用促進区域、空家等管理活用支援法人、緊急代執行の手続きが創設された[16]。施行後、2024年3月までの最初の数か月で、1091件の管理不全空家等に指導が行われた[15]。2025年3月までに、市町村は3211件の管理不全空家等に指導を、378件に勧告を行い、4つの促進区域と95の支援法人を指定した[14]。並行して、2024年4月には相続登記の義務化が始まった[18]。2023年に導入された制度では、相続人は負担金を納めて不要な土地を国に引き渡せるようになった[17]。以下の年表は、これらの施策を、問題が積み重なってきた長い歴史に位置づけたものである。
問題の大きさと比べると、執行の実績は控えめである。約10年間で878件という代執行等の件数は、385万6000戸の放置された住宅、すでに劣化した82万戸の一戸建てと比べれば、ごくわずかである[1] [4] [14]。代執行は、市町村にとって時間も費用もかかる。回収できないことが多い費用を所有者に請求しなければならず、未登記の相続が何世代も重なるなかで相続人を追跡する人手も不足しがちである[10]。2023年改正後の初期の数字も同様に小さい。2025年3月までの勧告は全国で378件、指定された促進区域は4つにとどまる[14]。法的な枠組みは、いまや空き家のライフサイクル全体を網羅している。だが、それを大規模に運用するための行政能力は、まだ存在しない◈ 強力な証拠 [14] [49]。
相続制度の改革は、所有をめぐる問題の症状ではなく、根源に切り込むものである。2024年4月1日以降、相続人は相続を知った日から3年以内に、相続した不動産を登記しなければならない。正当な理由なく怠った場合、10万円以下の過料(刑事罰ではない)が科される。この義務は過去の相続にも適用され、その期限は2027年3月31日である[18]。2023年に始まった相続土地国庫帰属制度は、相続人が不要な土地を国に引き渡すことを可能にした。法務省によれば、2026年8月31日時点で申請は5997件、帰属が完了したのは3119件で、うち1164件が宅地だった。取り下げられた申請は1139件に上る[17]。制度は機能している。だがその規模は数千件であり、問題は数百万件の単位にある。しかも建物の残る土地は対象外であり、空き家それ自体を先に解体しなければならない[17]。
需要側の政策は、人を地方へ呼び戻そうとする。移住支援金は東京圏から地方の市町村へ移住する世帯に支給され、2023年4月からは子ども1人あたりの加算額が最大30万円から最大100万円に引き上げられた[22]。地域おこし協力隊は2024年度、1176の自治体で7910人が活動し、任期終了後も約70%がその地域に定住した。その多くは起業している[23]。供給側では、全国1788の地方公共団体のうち1052が全国版空き家バンクに参加し、2024年4月時点で掲載物件は1万5046件、累計成約件数は約1万7100件に上った◈ 強力な証拠 [19]。いずれの施策も、地域にとっては意味がある。だが、以下の評価が示すように、全国規模の人口減少に見合う規模で機能しているものは一つもない。
| 政策手段 | 目標未達のリスク | 評価 |
|---|---|---|
| 移住支援金と移住促進策 | 地域間で人を動かすだけで、全国の総数は増えない。政府自身も、自治体間の住民獲得競争を従来の政策の弱点と認めている[48]。 | |
| 空き家バンクと無償譲渡制度 | 2024年までの累計成約は約1万7100件[19]で、放置住宅386万戸に遠く及ばない。掲載物件の多くは古く、立地が不便で、改修費もかさむ[44]。 | |
| 2015年法に基づく代執行 | 法的には堅固だが、市町村にとっては時間も費用もかかる。10年間で878件にとどまる[14]。 | |
| 管理不全空家への税制上の不利益措置 | 誘因構造という核心に切り込むが、1件ずつの指定が必要となる。2025年3月までの勧告は378件である[14] [16]。 | |
| 相続登記の義務化 | 所有者不明という根本原因に対処する。ただし効果が表れるまでには年月を要し、10万円以下の過料を実際に科せるかどうかに左右される[10] [18]。 |
最も重要な転換は、法制度よりも発想の面にあるのかもしれない。2025年6月に石破内閣が閣議決定した「地方創生2.0基本構想」は、人口と生産年齢人口が当面減少し続けることを正面から受け止めることを出発点とする、と明記している[26]。2014年に策定された当初の戦略は、人口減少に歯止めをかけることを目指していた。新たな構想は、居住地以外の地域と継続的に関わる「関係人口」を1000万人とするなどの目標を掲げ、若者や女性にも選ばれる地方を目指す◈ 強力な証拠 [25] [26]。縮小を食い止めることから、縮小とともに生きることへ。この転換こそ、次章で取り上げる国際比較が示唆に富む理由である。いくつかの国は、同じ転換をより早い段階で経験しているからだ。
韓国は日本と同じ道を、より速いペースでたどっている。2023年の合計特殊出生率は0.72と、1970年の統計開始以来で最低を記録し、出生数はわずか約23万人だった[30]。韓国建設政策研究院によれば、2023年末の空き家は153万戸に達し、2022年から5.7%、2015年の107万戸からは43.6%増えた[29]。同研究院は、長期間放置された住宅が近隣環境の悪化や都市のスラム化を招き、犯罪の温床になりうると警告している[29]。出生率が日本の1.15を大きく下回る以上[6]、韓国の空き家曲線は、日本より遅い出発点から、日本以上に急な勾配で上昇する可能性が高い。制度を適応させるための時間も、日本より短い。
イタリアの事例は、要因の組み合わせが異なる。イタリア国家統計局(ISTAT)は、全3560万戸のうち約950万戸を、居住者がいないか非居住者のみが使用する住宅として数えている。住宅ストックの27.3%にあたるが、この数字には別荘が含まれ、日本でいう「その他の空き家」とは直接比較できない[31]。シチリアの農村部は「1ユーロ住宅」を広めた。2008年以降、各地の町が荒廃した家を名目的な価格で売り出し、買い手には約3年以内の改修を条件として課している。人口1万5000人の約30%を失ったムッソメーリでは、2017年以降、約400戸に新たな所有者が見つかった[32]。この手法は、話題性や外国人の買い手、一定の本格的な改修をもたらす。だが、その件数はイタリア内陸部に広がる空き家の規模と比べれば小さい。
旧東ドイツは解体を選んだ。再統一後、西側への大規模な人口流出によって、2000年代半ばまでに旧東独地域の住宅740万戸のうち約140万戸が空き家となった。連邦政府の「東部都市改造(シュタットウムバウ・オスト)」計画は、25億ユーロ超を投じて30万戸以上を解体する一方、残る住宅ストックの改良を進めた◈ 強力な証拠 [33]。デトロイトも、都市単位で同様の論理をたどった。2014年以降、約2万7000戸の廃屋が解体された。財源は当初、連邦の「ハーデスト・ヒット・ファンド」からの2億6500万ドル、次いで2億5000万ドルの市債である。一方で、約1万9000戸の空き家が改修を条件に売却された[34]。どちらの事例も、計画的な縮小が可能であることを示している。同時に、それには多額の公費が必要であり、一部の建物や街区はもう戻らないという中央での決断が求められることも示している。
中国とイベリア半島は、また別の型を示す。中国の問題は、相続された家ではなく、需要を先取りした建設にある。中国国家統計局の元副局長、賀鏗は2023年、14億人でも国内の空き家を埋めきれないだろうと述べた[35]。スペインでは2024年、全自治体の約60%にあたる4982の自治体で人口が1000人を下回っていた。国土の40%を占めながら、人口は3.1%にすぎない[36]。ポルトガルの2021年国勢調査は、住宅ストックの12.1%にあたる72万3215戸の空き家を数えた。空き家は内陸部だけでなく、リスボンやポルトといった需要の高い都市にも集中している[37]。つまり、家が誤った場所にあれば、空き家は住宅不足と共存しうるのである。
各国の経験は、大きく三つの方針に分けられる。ドイツとデトロイトは公費を投じて余剰住宅を解体し、居住地を集約した[33] [34]。イタリアは空き家を、新たな住民にとっての機会として売り込んだ[32]。京都市は非居住者の住宅所有に課税し、住宅を再び利用へと押し戻そうとしている[28]。日本は三つの方針のいずれも試みてきた。しかし、放置された386万戸に見合う規模に達したものはまだない[1]。
税による手法は、日本にとって最も新しい。京都市は2023年3月、全国初となる非居住住宅への課税(いわゆる空き家税)について国の同意を得た。対象は約1万5000戸で、年約9億5000万円の税収が見込まれている[27]。資産価値の低い家屋や伝統的な京町家は、課税を免除される。インスティテュート・フォー・ソーシャル・ビジョン・デザインによれば、当初は早くても2026年とされていた課税開始は、システム開発の必要から2030年度に延期された[28]。京都は、空き家と住宅需要の逼迫が共存する高需要都市である。名頃よりも、リスボンやポルトに近い[37]。税が効くのは、掘り起こすべき潜在需要がある場所である。需要のない場所では、すでに買い手のつかない資産に負担を上乗せするだけに終わる。
各国比較から得られる教訓は、人口減少による空き家問題に安価な解決策はない、ということである。空き家を大幅に減らした地域は、国や市の財源による解体(ドイツは25億ユーロ超、デトロイトは5億ドル超)を通じて[33] [34]、あるいはイタリアで最も魅力的な町のように需要が戻ることによって、それを実現した[32]。日本の問題は、いずれの事例よりも絶対的な規模が大きく、地理的に分散し、相続と税の制度のために法的にも複雑に絡み合っている◈ 強力な証拠 [10] [11]。しかも、空き家を埋めることに答えがあるのか、それとも計画的な撤去にあるのかについて、日本国内でも合意はない。次章では、その対立を取り上げる。
楽観論には、それなりの出自がある。民泊事業を手がける楽天LIFULL STAYの社長だったムネカツ・オオタは2018年、ブルームバーグの取材に対し、こうした放置住宅は維持にも解体にも費用がかかる「不良資産」だが、簡単な改修で収益を生む物件に変えられると語った[43]。名目的な価格で売りに出される家をめぐる海外の報道は、とりわけ外国人の買い手の関心を集めてきた[44]。地域おこし協力隊の実績は、定着して事業を興す新住民がいることを示している。任期後も地域に残った隊員のうち、46.4%が起業した[23]。東京都西部の奥多摩町は、空き家への永住を約束する若い子育て世帯に改修補助を出している◈ 強力な証拠 [21]。立地がよく、売る意思のある所有者がいる家であれば、好機は現実のものである。
懐疑論は、改修の現場から上がる。伝統家屋の再生を手がけるニュー・ヘリテージのハナ・サカタは2024年、とりわけ外国人の間で、格安あるいは無料の古民家をめぐる過熱した期待が広がっていると警告した。改修は大変な覚悟を要する仕事であり、伝統的な大工技術が失われつつあるため、施工できる業者も少ないという[44]。多くの空き家は、仕事も交通手段もサービスもない場所にある[5]。古い木造住宅の構造状態からすれば、修繕するより建て直すほうが安くつくことも多い[12]。この視点に立てば、好機という物語が当てはまるのは、住宅ストックのうち魅力的なごく一部にすぎず、放置住宅の中核をなす数百万戸ではない⚖ 議論あり [44] [1]。
空き家を好機とみる立場
家はごくわずかな費用で取得でき、改修によって収益を生む物件に変えられる[43]。
地域おこし協力隊員の約70%は任期後も地域に残り、残った隊員の46.4%が起業している[23]。
2023年の法改正は、空き家を再び利用へと導くための促進区域と支援法人を創設した[16]。
地方創生2.0は、定住者だけでなく、地域と継続的に関わる人々も重視している[26]。
富山市の事例は、都市計画をめぐる議論の中心にある。同市はライトレール網を軸に都市を再編し、住民とサービスの集約を図った。グローバル・インフラストラクチャー・ハブの事例研究によれば、転換された路線では平日の利用者が約210%、休日の利用者が約370%増え、利用者の約12%が自動車から乗り換えた[46]。一方、RIETIのディスカッション・ペーパーで、イワタ・シンイチロウと近藤恵介は、富山型コンパクトシティの現行の枠組みは、商業活性化について期待された成果を生んでいないと結論づけた⚖ 議論あり [45]。コンパクトシティ政策は、交通を改善し、市街地の拡散を抑えることはできる。だが、縮小する人口を、中心市街地を生かす形で再配置できるのか。ひいては中心部に近い空き家に、第二の人生を与えられるのか。その点については、なお議論が分かれている。
第二の論点は、移住促進策をめぐるものである。nippon.comが2020年に掲載した安倍晋三政権下の地方政策に関する分析は、いずれの施策も、地方から都市への人口流出、出生率の停滞、過疎化を食い止めることができなかったと結論づけた。そのうえで、ふるさと納税制度が自治体間に「近隣窮乏化」的な競争を生んでいると指摘した[47]。インスティテュート・フォー・ソーシャル・ビジョン・デザインは、政府自身が、地方創生の最初の10年間における失敗として自治体間の人口獲得競争を挙げていると指摘する⚖ 議論あり [48]。支援金を擁護する側は、これらの施策はもともと全国的な人口減少を反転させるためのものではなく、新住民を受け入れる余力のある地域へ人口を再配分するためのものだったと反論する。両方の主張は、同時に成り立ちうる。
表面的な手当ては、個々の事例を和らげるかもしれない。だが、より深い構造的、感情的な障壁に向き合わない限り、問題は解決しない。
――久保倫子(筑波大学)、ズーム・ジャポン、2025年7月最も根深い対立は、一部の地域が閉じていくのを支援すべきかどうか、という点にある。金沢大学の林直樹は、『撤退の農村計画』などの著書で、戦略的な撤退と集落の計画的な再編を論じてきた。複数の将来像を残しておくための、前向きな縮小である[50]。これに対し、いかなる共同体も見捨てられるべきではないと考える人々もいる。地方創生2.0は、両者の間で居心地の悪い位置にある。人口減少を出発点として受け入れながら、若者や女性に選ばれる地方をなお目指しているからだ[26]。林の手法は、インフラ費用の面では明快な論理を持つ。しかし政治的には難しい。自分たちの村に長期的な未来はないと、住民に受け入れるよう求めることになるからである⚖ 議論あり [9] [50]。
最後の論点は、見出しに掲げられた数字それ自体である。煽情的な報道を批判する人々は、900万戸のおよそ半数が賃貸用の空き家であり、総数には別荘や売りに出ている物件も含まれていると指摘する[1] [44]。900万戸という数字が放置住宅の実数を誇張しているという点で、彼らは正しい。だが、中核をなす386万戸の区分は総数のなかで最も速く増えている部分であり、野村総研の予測もさらなる増加を示している[3] [4]。したがって論争の焦点は、問題が現実かどうかではない。どの家ならまだ救えるのか、残りの費用を誰が負担するのか。そして、どの共同体に投資し、どの共同体が縮小していくのを容認するのかを、誰が決めるのか。それが問われているのである。
第一の結論は、原因に関するものである。空き家数が増えるのは、建設が続く一方で人口が減っているからであり、特定の政策が誤っていたためではない✓ 確認済み事実 [1] [4] [6]。死亡数が出生数を年90万人以上上回り、新設住宅着工がなお約80万戸に上る以上、空き家政策の細部がどうであれ、建物と人の差は2030年代を通じて広がり続ける。移住支援金や空き家バンクがこの流れを反転させると期待するのは、算術を読み誤っている[19] [22]。これらの施策は、縮みゆく人口移動のうち一部を別の方向へ導くことはできても、流れそのものを大きくすることはできない。空き家政策を真剣に評価するのであれば、この制約を背景として扱うのではなく、出発点に据えなければならない。
第二の結論は、仕組みに関するものである。空き家ストックの姿は、具体的で変更可能な制度によって形づくられている。建物を残すことに報いる固定資産税の軽減、約20年で家の価値をゼロとみなす減価償却の慣行、小さな既存住宅市場、そして2024年まで任意だった相続登記である[11] [12] [13] [18]。2015年以降の改革は、そのそれぞれに手を付け始めた。だからこそ、過去の相続に関する登記期限を迎える2027年3月31日までの期間が重要になる。所有関係の明確化は、売却から解体に至るあらゆる対策の前提条件である◈ 強力な証拠 [10] [18]。追跡可能な所有者がいなければ、市場も自治体も動くことができない。
第三の結論は、規模に関するものである。本稿で検証した政策手段は、いずれも数千から数万の単位で機能している。代執行878件、国庫帰属3119件、空き家バンクを通じた成約約1万7100件、地域おこし協力隊員7910人である[14] [17] [19] [23]。一方、放置された住宅は数百万の単位で数えられる。この差を埋めるには、ドイツやデトロイトのように国の財源で解体を進めるか、誰にも影響が及ばない場所では多くの家を朽ちるに任せると明確に決断するか、いずれかが必要になる[33] [34]。どちらも代償を伴う選択である。現在の日本のように、問題を個々の相続人に委ねることもまた一つの選択である。その代償を負うのは、隣人と市町村である。
空き家をめぐる議論は、しばしば空き家をどう埋めるかという問いとして語られる。だが証拠は、別の問いを示唆している。縮小する日本が、どの地域を、どのような条件で維持していくのか、という問いである[9] [26]。それが決まれば、空き家の扱い(改修、売却、課税、解体)はおのずと定まる。その決断がない限り、空き家政策は、全国的な潮流に対する局地的な実験の寄せ集めにとどまる。
第四の結論は、地理に関するものである。問題が集中しているのは、空き家率が20%を超える徳島、和歌山、鹿児島、山梨、高知、長野の各県と、国土の大半を占める過疎市町村である[1] [38]。京都や東京のような高需要都市では、空き家は主として市場の問題であり、課税や情報の改善で対処しうる[27] [28] [52]。衰退する農村部で問われているのは集落の存続であり、住宅政策だけでは解決できない。政策が掲げる目標と実際の成果との隔たりは、両者に同じ手段を当てはめてきたことで、その多くが説明できる。全国的な空き家政策は、両者をより明確に区別すべきである。
第五の結論は、人に関するものである。空き家の人的な代償は、残された人々にのしかかる。サービスが縮小していく地域の高齢住民、倒壊しかけた建物の隣で暮らす近隣住民、そして互いに支え合うという日常の営みを保つことが難しくなっていく共同体である[5] [41] [49]。多くの高齢の所有者が、自宅の将来について子どもと話し合ったことがない。久保倫子のこの知見は、政策がほとんど見過ごしてきた、費用の少ない介入策を示している。家が空き家になる前に、自治体の支援を受けながら、家族が早い段階から相続を計画することである◈ 強力な証拠 [49]。家は、所有者が存命で判断を下せるうちのほうが、散らばった相続人の手に渡った後よりも、はるかに売りやすく、貸しやすく、取り壊しやすい。
日本は特異なのではない。早いだけである。2023年の韓国の出生率0.72と153万戸の空き家、イタリアの数百万戸に及ぶ非居住住宅、スペイン農村部で空洞化する自治体は、ほかの国々も、一世代以内に同様の選択を迫られることを示唆している[29] [30] [31] [36]。日本が900万戸の空き家をどう扱うのか。個別の失敗として扱い続けるのか、それともより小さな国に向けた計画に意識的に踏み出すのか。その選択は、国境をはるかに越えて注視されることになる。空き家は、この物語の目に見える部分にすぎない。どの共同体を維持するのかという決断こそが、まだ書かれていない部分なのである[1] [26]。