米国では2026年に麻疹患者が4,410人に達し、カナダと英国は排除状態を失った。接種率が95%を数ポイント割り込むだけで流行は戻る。アクセス、追跡、信頼という三つの失敗から、6カ国の保健体制の現状を読み解く。
麻疹が富裕国に戻ってきた理由は二つある。第一に、ウイルスを封じ込めるには2回接種で約95%の接種率が必要だが、実際の接種率がその水準を割り込んだ。第二に、接種を受け損ねた子どもを拾い上げてきた仕組みが弱体化し、同時に公衆の信頼が二極化した ◈ 強力な証拠 [4] [5] [6]。これが本報告の中心的な結論である。こうした国々で麻疹は偶発的な出来事ではない。一種の診断指標なのである。麻疹は人に感染するウイルスとして知られる限り最も伝染力が強い。そのため免疫の隙間を最初に突く病気となり、ジフテリアやポリオなど伝播の遅い病原体が同じ弱点を露呈する何年も前に流行を起こす ✓ 確認済み事実 [7] [8]。麻疹が戻ってきたとき、それはプライマリケア、就学時の接種確認、公衆衛生予算、そして制度への信頼がどういう状態にあるかを告げている。2025年から2026年にかけて、北米と欧州の大部分で同時に、その報告は芳しくない内容となった。
まず世界全体の基準値を確認しておく。世界保健機関(WHO)の推計によれば、2024年に世界で約1100万人が麻疹に罹患し、約9万5000人が死亡した。死者は2000年比で88%減ったものの、患者数は2019年を8%上回っている。2019年は、パンデミックによって定期予防接種が混乱する直前の年である ✓ 確認済み事実 [8] [9]。2024年には59カ国が大規模または深刻な流行を報告した [8]。2023年は患者数1030万人、死者約10万7500人で、1回目の接種を受けられなかった子どもは2200万人を超えた [10]。2026年7月に公表されたWHOと国連児童基金(UNICEF)による接種率推計では、2025年の1回目接種率は84%、2回目は77%にとどまり、前年からほぼ横ばいだった ✓ 確認済み事実 [11] [12]。世界全体で見れば後退しているわけではない。ただ前進していないだけである。しかし、これほど感染力の強い病気を相手に84%で足踏みしていれば、流行が続くことは確実である。
2024年から2026年にかけて新しかったのは、流行が起きた場所である。WHO欧州地域では2024年に12万7350人の患者が報告された。2023年の2倍にあたり、1997年以来の最多である ✓ 確認済み事実 [4]。ルーマニアだけで3万692人、カザフスタンで2万8147人に上った [4]。欧州疾病予防管理センター(ECDC)によれば、EUおよび欧州経済領域(EEA)域内の患者は3万5212人と、2023年の3973人から10倍近くに増えた。2回目接種で95%を達成した国は、EU・EEA全体でわずか4カ国だった [13]。2025年には患者数が約75%減って3万3998人となった。ところが、域内で地域流行または伝播の再確立が認められた国は12カ国から19カ国へ増えている [14]。患者は減ったが、足場は広がった。ウイルスはより多くの棲み処を見つけたのである。
北米では事態がより速く、より深く進んだ。米国では2025年に確定患者が2250人を超え、3人が死亡した。年間患者数としては1992年以来の最多である ✓ 確認済み事実 [15]。西テキサスの流行だけで患者762人、入院99人を出し、ワクチン未接種の学齢期の子ども2人が亡くなった [16]。そして2026年はその記録をさらに上回った。米疾病対策センター(CDC)の集計では、10月15日時点で患者4,410人、入院451人に達した。ペンシルベニア州では1,260人規模の流行が発生し、同州とニューヨーク州が災害緊急事態を宣言した ✓ 確認済み事実 [1]。ブラウン大学パンデミックセンターのジェニファー・ヌッツォは率直にこう述べている。「米国は今、過去30年余りで最悪の麻疹流行のただ中にある」[15]。
米国が近づきつつある一線を、カナダはすでに越えた。2025年11月10日、汎米保健機構(PAHO)は、単一系統の麻疹ウイルスがカナダ国内で12カ月以上循環し続けたことを確認した。これにより、同国が1998年から維持してきた排除状態は終わった ✓ 確認済み事実 [2]。流行は2024年10月にニューブランズウィック州で始まり、発表時点で2025年の確定患者は5,162人に上った。早産児2人も死亡している [17]。2026年10月19日に終息が宣言された時点で、関連患者は6,417人に達していた。州別ではオンタリオ州が2,390人、アルバータ州が2,299人と突出している [18]。PAHOのジャルバス・バルボサ事務局長は今回の喪失を後退と位置づけつつ、「取り戻すことも可能だ」と述べた [17]。米国自身の排除状態については、4月に予定されていた審査が延期され、2026年11月の会合でPAHOが審査することになっている [19] [20]。
欧州で起きた逆転は、数字の上では北米ほど劇的ではない。しかし診断指標としての意味は変わらない。英国が排除状態を失ったと発表されたのは2026年1月下旬である。2018年に一度失い、2021年に回復して以来、2度目の喪失となった。同じ判定はスペインとオーストリアにも下された ✓ 確認済み事実 [3] [5]。イングランドでは2024年に検査確定患者が2,911人に上り、2012年以来の最多を記録した [3]。英国全体でみると、MMRワクチンの1回目接種率は2016年の95.3%から2024年には92.3%へ、2回目は88.2%から84.4%へ低下した [5]。これはワクチンを信じなくなった国が示す数字ではない。すべての子どもに適時に手が届かなくなった体制が示す数字である。本報告がこの区別に繰り返し立ち返るのは、政策対応の成否がそこにかかっているからである。
麻疹をめぐる算術は単純であり、容赦がない。基本再生産数R0とは、免疫を持たない集団において感染者1人が平均して何人に感染させるかを示す値である。系統的レビューによれば麻疹は12〜18で、インフルエンザ(約1〜2)や新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の初期株(約2〜3)をはるかに上回る ✓ 確認済み事実 [7]。持続的な流行を止めるには、集団のうち「1−1/R0」の割合が免疫を持つ必要がある。R0が12なら91.7%、18なら94.4%となる [7]。ワクチンは極めて有効だが完全ではない。CDCによれば、MMRワクチンの麻疹に対する有効性は1回接種で93%、2回接種で97%である [22]。免疫の閾値をワクチン有効性で割ると、2回接種に求められる接種率はおよそ95%となる。WHOが目標に掲げる数字である ✓ 確認済み事実 [22] [13]。
つまり、守られた集団と無防備な集団を分ける幅は、わずか2〜3ポイントしかない。米国はまさにその幅のなか、それも危険な側に位置している。全米の幼稚園児におけるMMR接種率は2024〜25年度が92.5%、2025〜26年度が92.4%で、95%を下回るのは5年、6年連続となった ✓ 確認済み事実 [23] [24]。接種免除は2024〜25年度に3.3%から3.6%へ、2025〜26年度には約4.0%へ上昇し、5%を超える州は24に上る [23] [24]。2024〜25年度には、MMR接種の記録がないまま約28万6000人の幼稚園児が入学した [23]。イングランドでは5歳時点における2回接種率が2024〜25年度に83.7%と、目標を11ポイント以上下回った ✓ 確認済み事実 [25]。2024年、2回目接種で95%に達したEU・EEA加盟国はわずか4カ国だった [13]。
しかも全国平均は危険を過小に見せる。感受性者は均等に散らばっているわけではないからである。未接種の子どもは特定の学校、信徒集団、地区、言語共同体に集中しており、麻疹は平均ではなく集団を伝って広がる ◈ 強力な証拠 [26] [27]。2025年に西テキサスの流行が始まったテキサス州ゲインズ郡では、2023〜24年度における幼稚園児の接種免除率が18%と、ほぼ5人に1人に達していた [26]。カナダで最大の感染連鎖は、オンタリオ州南西部に暮らす低地ドイツ語話者のメノナイト共同体を通じて広がった。この地域は歴史的に接種率が低い [27]。州全体で92%でも、70%の学校が何十校も含まれていることはありうる。全国の数字が教えるのは、どこかで流行が始まる可能性である。一方、集団ごとの数字は、いったん始まった流行がどこまで拡大するかを教えてくれる。
- R0は12〜18: 患者1人が感受性者12〜18人に感染させる。季節性インフルエンザは約1〜2人である [7] ✓ 確認済み事実。
- 免疫の閾値は92〜94%: 「1−1/R0」の式から導かれる [7] ✓ 確認済み事実。
- ワクチン有効性は93%と97%: MMRワクチンを1回、2回接種した場合それぞれの値 [22] ✓ 確認済み事実。
- 接種率目標は約95%: ワクチン接種を集団免疫へと転換する2回接種の水準 [22] [13] ✓ 確認済み事実。
- 実際の不足分: 米国幼稚園児は92.4%、イングランドは5歳までの2回接種で83.7%、目標達成はEU・EEAで4カ国のみ [24] [25] [13] ✓ 確認済み事実。
この算術は、ほかのワクチン予防可能疾患ではなく、なぜ麻疹がカナリアになるのかも説明する。ポリオ、ジフテリア、百日咳は再生産数が低い。そのため集団の接種率が目標をかなり下回っても、持続的な流行はすぐには表面化しない ◈ 強力な証拠 [7]。麻疹は数ポイントの低下だけで足りる。まさにそれゆえに、診断指標として役立つ。他の病気がまだ沈黙しているうちに、侵食を察知するからである。2024年には百日咳も再燃した。イングランドの患者は前年の856人に対して1万4905人、米国では7,063人に対して3万5435人に上った。百日咳は接種率に加え、免疫の減衰や自然な周期にも左右される病気である。それでも、同じ警告が他の病原体にも広がりつつあることを示している [28] [29]。
全国接種率92%という数字は目標に近く見える。しかし麻疹は全国平均を相手にするわけではない。相手にするのは学校の名簿であり、信徒の集まりである。政策上意味を持つ統計は、低接種率集団に属する子どもの割合である。ところが大半の国は、この数字を適時に、細かな単位で公表していない [23] [26]。
麻疹がもたらす害は、急性症状から想像されるよりも大きい。マイケル・ミナらが2015年に『サイエンス』誌で発表した研究によれば、麻疹は他の感染症に対する抵抗力を2〜3年にわたって低下させる。複数の国でワクチン導入前後のデータを調べると、麻疹以外の感染症による死亡が、こうした時間差を伴って麻疹の発生率と連動していた ✓ 確認済み事実 [30]。2019年には、ワクチン未接種のオランダ人の子ども77人を対象に抗体プロファイリングを行った研究チームが、麻疹によって子どもたちが既に持っていた抗体レパートリーの11〜73%が消失したことを明らかにした [31]。ミナはこの結果について、「免疫健忘が実在し、本来の長期的な免疫記憶に影響を及ぼすことを示す、これまでで最良の証拠だ」と述べている [31]。したがって流行が去った後には、一定期間、あらゆる感染症に弱くなった子どもたちの世代が残される。
最後に、この算術は、政策や信頼のわずかな変化がなぜ大きな帰結を生むのかも説明する。全国接種率が1ポイント下がるといっても、政治論争の場では些細な話に聞こえる。だがR0が15の病気では、それが輸入例が散発して自然に消えるか、それとも感染連鎖が1年続いて排除状態を失うかの分かれ目になりうる ◈ 強力な証拠 [7] [21]。米国は2019年に1,282人の患者を出し、辛うじて排除状態を維持した [32] [21]。6年後の今、同国は再びPAHOの判定を待っている。患者数はさらに多く、余裕はさらに乏しい [20]。
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流行は背後にある体制について何を語るか
2019年から2021年にかけて、世界で6700万人の子どもが定期予防接種の一部または全部を受けられず、112カ国で接種率が低下した ✓ 確認済み事実 [33]。富裕国ではその穴の回復が、パンデミックだけでは説明できないほど遅れている。流行データからは、アクセス、追跡、信頼という三つの異なる失敗が浮かび上がる。
麻疹が診断指標だとすれば、問うべきはそれが具体的に何を診断しているかである。証拠が指し示すのは単一の失敗ではなく、互いに重なり合う三つの失敗である。第一はアクセスである。子どもに適時に接種を受けさせること自体が実際には難しく、その負担は貧しい家庭や転居の多い家庭に最も重くのしかかる ◈ 強力な証拠 [34] [35]。第二は追跡である。保健師による家庭訪問、就学時の接種確認、接種勧奨と呼び戻しといった、接種を受け損ねた子どもを見つけ出してきた仕組みが衰えた ◈ 強力な証拠 [36] [37]。第三は信頼である。ワクチンと、それを推奨する機関に対する信頼が低下し、かつ二極化した ◈ 強力な証拠 [38] [6]。どの失敗も流行を生むが、必要な処方はそれぞれ異なる。にもかかわらず、公の議論は多くの場合、三つを反ワクチン感情という単一の物語にまとめてしまう。
パンデミックは三つの失敗を一度に露呈させた。WHOとUNICEFの推計では、2019年から2021年にかけて世界で6700万人の子どもが定期予防接種の一部または全部を受けられず、うち4800万人は一度も接種を受けていない。接種率は112カ国で低下した ✓ 確認済み事実 [33]。UNICEFはこれを、苦労して積み上げた10年以上の成果が損なわれた事態と表現した [33]。UNICEFが2023年に公表した『世界子供白書』の調査によれば、パンデミック開始後、子どもへのワクチン接種を重要と考える人の割合は55カ国中52カ国で低下した。最も大きく落ち込んだ国には日本と韓国が含まれる ✓ 確認済み事実 [39]。2025年の接種率データは、これとは別の「配管の漏れ」も示している。乳児730万人がジフテリア・破傷風・百日咳(DTP)ワクチンの1回目を受けた後、麻疹ワクチンの1回目を受ける前に脱落した。いったん体制に届いた子どもを、体制自身が見失ったのである [11]。
アクセスと追跡における失敗について、最も明瞭なデータを示しているのはイングランドである。5歳時点のMMR2回接種率は5年連続で低下し、2023〜24年度には2009〜10年度以来の最低となる83.9%を記録した。2024〜25年度にはさらに83.7%へ下がった ✓ 確認済み事実 [40] [25]。2023〜24年度はロンドンが73.3%で、北東部の89.7%と大きな開きがあった [40]。『BMJ』の貧困研究の著者らは、「今回の結果は、必要度に応じてワクチン接種体制を効果的に強化することが急務であることを強く裏づけている」と結論づけた ◈ 強力な証拠 [34]。ロンドン東部ニューアムで行われた質的研究では、親たちが挙げた障壁として、かかりつけ医の予約が取りにくいことと、パンデミック後に生じた不信感とが入り混じっていた。同じ家庭のなかで、アクセスの問題と意識の問題が重なっていたのである [35]。
数字の背後には、人員をめぐる物語がある。ヘルスビジター(訪問保健師)は、幼い子どもを持つ家庭を訪問する看護職であり、接種漏れに最初に気づくことが多い。2015年に事業の委託権限が国民保健サービス(NHS)から地方自治体へ移り、さらに自治体向けの公衆衛生交付金が削減された。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究によれば、その結果イングランドでは2016年から2021年にかけて訪問保健師が約21%減少した ◈ 強力な証拠 [36]。訪問保健師協会(iHV)は、大半の自治体で担当件数が安全な水準を超えていると報告している [36] [41]。接種を受け損ねた子どもを探すのが仕事である人々がいなくなれば、接種率は、そうした子どもが最も多い地域から先に下がっていく。『BMJ』の研究が見いだした勾配は、まさにそれである [34]。
麻疹は世界で最も感染力の強いウイルスであり、今回のデータは、麻疹が私たちの集団的な防御に生じたいかなる隙間をも突いてくることを改めて示している。
――テドロス・アダノム・ゲブレイェスス世界保健機関(WHO)事務局長、2025年11月 [8]信頼の失敗は現実に起きている。ただし、その形は独特である。MMRワクチンそれ自体に対する信頼は、ほとんどの富裕国で依然として高い。米ピュー・リサーチ・センターの2025年調査では、米国の成人の84%がMMRワクチンの利益はリスクを上回ると答え、共和党支持者でも78%に達した ✓ 確認済み事実 [38]。KFFとワシントン・ポスト紙が2025年に行った保護者調査でも、90%がMMRワクチンは重要だと回答している [42]。崩れたのは、ワクチン接種を取り巻く制度的な枠組みへの支持である。ピューの調査によれば、公立学校への通学にMMR接種を義務づけることへの支持は2019年の82%から2025年には69%へ、共和党支持者に限ると79%から52%へ低下した ✓ 確認済み事実 [38]。ギャラップ社の調査では、子どものワクチン接種を「極めて重要」とする米国人の割合が2001年の64%から2024年には40%へ落ち込んだ [43]。
この二極化は、もはや世論調査だけでなく診療記録にも表れている。2026年8月に『ランセット・リージョナル・ヘルス・アメリカズ』誌に掲載された研究は、子ども4万6924人の健康記録を親の有権者登録情報と突き合わせた。その結果、ワクチン拒否における党派間の差は2021年生まれの子どもで9.2ポイントに達し、2000年前後から年に約0.25ポイントずつ広がってきたことが分かった ◈ 強力な証拠 [6]。医学的理由以外の免除を認める州では、この差がさらに3.3ポイント大きかった [6]。著者らは「政治的アイデンティティは、子どもの健康をめぐる意思決定においてますます重要な要因になっている」と結論づけている [6]。欧州には同じ傾向のより古い形がある。英ウェルカム財団の国際調査「ウェルカム・グローバル・モニター」によれば、2018年にフランスではワクチンが安全だという見方に同意しない人が33%に上り、世界で最も高い割合となった [44]。
アクセスの失敗には利便性が効く。夜間診療、薬局でのワクチン接種、学校でのキャッチアップ接種などである。追跡の失敗には人員とデータが効く。訪問保健師、接種勧奨の仕組み、接種漏れを知らせる登録制度がそれにあたる。信頼の失敗は時間をかけてしか改善しない。信頼できる伝え手と、一貫した姿勢を保つ制度が要る。誰かが目を向けさえすれば、流行データはある地域でどの失敗が支配的なのかを教えてくれる [34] [35] [6]。
麻疹が診断指標として価値を持つのは、こうした信号を組み合わせて読めるからである。流行が貧困と連動し、接種率の穴が、資源不足に陥った行政サービスの分布と重なる場合、問題は主にアクセスと追跡にある。イングランドの大部分やルーマニアがこれにあたる ◈ 強力な証拠 [34] [4]。一方、ゲインズ郡やオンタリオ州南西部の一部のように、免除率が高く組織的な反対がある共同体を流行が貫く場合は、信頼とアイデンティティが支配的な要因となる [26] [27]。両方がそろう場合、すなわち弱体化した行政サービスと二極化した信頼が交わる場合、流行は複数の行政区域にまたがる長い連鎖となり、排除状態を終わらせる。北米が2024年以降に示してきたのは、まさにこの構図である [2] [1]。
麻疹の再来がもたらす人的被害は一部に集中しており、その大半を子どもが負っている。2025年2月26日、テキサス州ラボックでワクチン未接種の学齢期の子どもが死亡した。米国で麻疹による死者が出たのは2015年以来である ✓ 確認済み事実 [45]。数週間後には同じ流行で2人目の子どもが亡くなり、ニューメキシコ州でも成人1人が死亡した [16] [15]。2025年8月18日に終息が宣言された時点で、西テキサスの流行は患者762人、入院99人に上り、患者の94%超は未接種か接種歴不明だった [16]。2025年7月には、リバプールにあるアルダー・ヘイ小児病院で子ども1人が死亡した。同院はそれまでの数週間に重症患者17人を治療していた [46]。カナダでは、出生前に麻疹に曝露した早産児2人が亡くなっている [17]。
2026年に米国で出た死者数自体が争点となっている。それもまた問題の一端である。CDCは10月半ばまでに麻疹による死亡を2人と確認した。他方、ペンシルベニア州と検視官の報告では5人ないし6人とされる ⚖ 議論あり [1] [47]。この食い違いは、報告の遅れに加え、州の症例報告ではなく全国の死亡統計に依拠するという連邦政府の判断を反映している [1]。麻疹による死亡はすぐには記録されないことが多い。発疹から数日から数週間後に肺炎や脳炎で亡くなる例が多く、亜急性硬化性全脳炎(SSPE)という稀な脳疾患により何年も経ってから死亡する例もある [48]。すべての死亡診断書を待つ集計は、急速に進む流行に後れを取る。そして二極化した環境では、その遅れ自体が不信の種となる。
富裕国において重症度をより確かに示す指標は入院である。CDCの推計では、米国で麻疹に罹ったワクチン未接種者のうち約5人に1人が入院する ✓ 確認済み事実 [48]。2026年に実際に観察された入院率は全体で10%、5歳未満の子どもでは15%だった [47]。10月15日までに集計された4,410人のうち、5〜19歳が42%、成人が41%を占めた。免疫の空白が乳幼児にとどまらず、何年も前に接種を受け損ねた年長の子どもや若年成人にまで広がっていることを示す兆候である [1]。2024年のWHO欧州地域では、患者の40%超が5歳未満の子どもで、報告された患者の半数以上が入院した [4]。
麻疹は、自らの統計には決して現れない傷跡も残す。免疫健忘に関する研究によれば、麻疹が流行した後には、他の感染症による超過死亡と罹患が2〜3年続く。ウイルスが、子どもたちが築き上げてきた免疫記憶をかなりの割合で消し去るためである ✓ 確認済み事実 [30] [31]。2019年の研究では、重症の麻疹にかかった子どもは抗体レパートリーを平均約40%、軽症の場合でも33%失っていた [31]。こうした被害は麻疹の死者数には一切表れない。表れるとすれば、流行後数年間における肺炎による入院や抗生物質の処方に、薄く広く紛れ込む形である。費用は現実に生じているが、原因となった麻疹に結びつけられることはほとんどない。
流行で最も危険にさらされるのは、まだ接種を受けられない幼い子どもたちである。MMRワクチンの1回目は通常、米国では生後12〜15カ月、英国では生後12カ月で接種する。それより幼い子どもは、周囲にいる全員の免疫に完全に依存している。亡くなったカナダの乳児2人、そして米国で15%が入院した5歳未満の子どもたちは、年長の子どもや成人における接種の穴が直接もたらした代償である [17] [47] [22]。
流行の封じ込めには多額の費用もかかる。CDCが主導して2001年から2018年までに米国で起きた11件の流行を分析したところ、公衆衛生対応費用の中央値は1症例あたり3万2805ドル、1流行あたり15万2308ドルで、1症例あたりの費用は7,396ドルから7万6154ドルまで幅があった ✓ 確認済み事実 [49]。2019年にワシントン州クラーク郡で起きた流行(患者71人)では、総費用が推計340万ドル、1症例あたり4万7479ドルに上った。内訳には公衆衛生対応費約230万ドルと、生産性損失約100万ドルが含まれる [50]。1症例ごとに、曝露した数十人を割り出して連絡を取り、免疫の有無を確認し、場合によっては隔離しなければならない。1症例あたり費用の中央値を単純に掛け合わせれば、2026年に米国で出た4,410人の患者に対する公衆衛生対応費用は、医療費を除いても1億ドルを大きく上回る計算になる [49] [1]。
戻ってきたのは麻疹だけではない。イングランドでは2024年に百日咳患者が1万4905人に上り、乳児10人が死亡した。米国の患者は3万5435人だった ◈ 強力な証拠 [28] [29]。日本における百日咳の患者数は2025年半ばまでに3万1000人を超え、2024年通年の8倍に達した。一因はマクロライド耐性菌株である [51]。2022年にはロンドンの下水からポリオウイルスが検出された。同年、ニューヨーク州ロックランド郡では若い男性がワクチン由来ポリオウイルスによって麻痺を発症した。下水調査からは、このウイルスが約1年にわたり人知れず循環していた可能性が示された [52]。欧州では2022年に過去約70年で最大となるジフテリアの流行が起き、患者は359人に上った [53]。これらの病気は疫学的性質がそれぞれ異なる。それでも前提条件は共通している。免疫を持たない人々の空白地帯が、集団内で広がりつつあるという点である。
この問題における費用構造は倒錯している。子どもに麻疹ワクチンを接種する費用は安く、1回か2回で済む。流行への対応は高くつき、しかも子どもたちが入院してから始まる ◈ 強力な証拠 [49] [50]。予防を支える予算、すなわちプライマリケア、訪問保健、公衆衛生交付金こそが、イングランドで、そして2025年以降は米国でも削られてきた [36] [54]。流行対応を賄うのは緊急予算であり、事が起きてから引き出される。前者を節約する体制は、その分を利子付きで後者に支払うことになる。
富裕国が政治的な圧力の下で麻疹の排除を維持できるかどうか。その現時点で最大の試金石が米国である。米国は2000年に排除を宣言した。それに先立つ1989〜1991年には、主に都市部の貧困地域に住む未接種の未就学児を中心に、5万5000人を超える患者と123人の死者を出す流行が再燃していた。これは信念ではなくアクセスの失敗だった ✓ 確認済み事実 [32] [56]。今回の再燃は様相が異なる。幼稚園児の接種免除は全国で約4%に達し、24州では5%を超える。2026年の流行はユタ州、ペンシルベニア州、ニューヨーク州などに広がり、その感染連鎖が現在PAHOの審査対象となっている [24] [1] [20]。麻疹排除を記録・検証する米国委員会で委員長を務めるノエル・ブルーワーは、2026年8月に医療ニュースサイトSTATに対し、予防可能な病気で子どもが死ぬ事態を防げなかったことは、米国自身の失敗だと語った [20]。
カナダはすでに一線を越えた国である。1998年から維持してきた排除状態は、2025年11月10日に終わった ✓ 確認済み事実 [2]。2025年に米州で報告された麻疹患者のおよそ半数をカナダが占めた。伝播はオンタリオ州南西部に暮らす低地ドイツ語話者のメノナイト共同体と、人口あたりで最も深刻な打撃を受けたアルバータ州に集中した [27]。流行は関連患者6,417人を出した後、2026年10月19日に終息が宣言された [18]。カナダの事例が示すのは、国民皆保険を備え、連邦レベルで組織的な反ワクチン政策もない高所得国であっても、結束が固く、主流の行政サービスとの接点に乏しい共同体に接種の穴が集中すれば、排除状態を失いうるということである。
イングランドでは、全国平均の低下と急峻な社会的勾配が同時に進んでいる。5歳時点におけるMMR2回接種率は2024〜25年度に83.7%と2009〜10年度以来の最低となり、ロンドンは2023〜24年度に73.3%だった ✓ 確認済み事実 [25] [40]。貧困による格差は2019年から2023年にかけて2倍超に広がった [34]。英国は2026年1月、2度目となる排除状態の喪失を経験した [3] [5]。英国健康安全保障庁(UKHSA)の疫学顧問ヴァネッサ・サリバは、子どものワクチン接種率が下がれば感染症はすぐに戻ってくると警告した [5]。イングランドは、純粋な体制診断に最も近い事例である。MMRワクチンへの信頼は崩れていない。崩れつつあるのは、ワクチンを届ける行政サービスの厚みである。
ルーマニアは欧州における極端な事例である。WHO欧州事務局によれば、同国は2024年に3万692人の麻疹患者を報告した。ECDCのEUレベル監視データでは患者2万7568人、死者18人で、同年にEU・EEA全体で報告された患者の4分の3超を占めた ✓ 確認済み事実 [4] [13]。ルーマニアの1回目接種率は2023年に80%を割り込んだ。ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、北マケドニアも同様だった [4]。ルーマニアでは何年も流行が続いている。低い接種率が例外ではなく常態となったとき、それが持続すればどこへ行き着くかを示す警告である [13] [4]。
ドイツと日本は、部分的な成功における二つの異なる型を示している。ドイツは2020年3月、麻疹予防法(Masernschutzgesetz)に基づき、保育施設と学校に通う子どもに麻疹ワクチン接種を義務づけた。違反には最高2,500ユーロの罰金が科される ✓ 確認済み事実 [57]。報道によれば、2019年から2023年にかけて2回接種率は生後24カ月時点で70%から77%へ、就学時点で89%から92%へ上昇した。ただし95%に達した州は二つしかない [58]。ドイツの2024年の患者は637人だった [13]。日本は2015年に麻疹排除の認定を受けたが、2025年に265人、2026年は第20週までに確定患者498人を記録した。2020年以降、どの年の年間患者数よりも多い ✓ 確認済み事実 [59] [55]。1回目接種率は2022年度の95.4%から2024年度には92.7%へ低下した [55]。
日本の歴史からは、もう一つ教訓が得られる。政策上の衝撃は何十年にもわたって尾を引くということである。日本は1993年、おたふくかぜワクチンの占部株に関連する無菌性髄膜炎が約900接種に1例の割合で発生したことを受け、MMRワクチンの使用を中止した。以来、おたふくかぜワクチンは任意接種のままである ✓ 確認済み事実 [60]。これとは別に、2018〜19年には風疹の流行が5,000人を超えた。患者の大半は、子どもの頃に接種を受ける機会を逃した40代と50代の男性で、先天性風疹症候群の赤ちゃん5人が生まれた [61]。日本は1962年から1979年に生まれた男性を対象に、無料の抗体検査とワクチン接種で対応した [61]。日本における麻疹再燃を分析した2026年の研究の著者らは、排除状態はどこでも覆りうるという一般的な結論を導いている [55]。
6カ国を並べてみると、麻疹という信号は全体に共通しているが、原因は地域ごとに異なることが分かる。北米で主な要因となっているのは、免除をめぐる法制度、共同体単位での集中、そして政治的二極化である ◈ 強力な証拠 [6] [24] [27]。イングランドでは、手薄になり、しかも不均等に配置された接種体制が要因である [34] [36]。ルーマニアでは長期にわたるアクセスの失敗 [4]、日本では輸入例という算術と、95%をわずかに下回った接種率との組み合わせである [55]。ドイツは、義務化によって接種率を引き上げることはできても、それだけでは目標に届かないことを示している [58]。いずれの国も、自国の全国平均を根拠に安心できる物語を語ることはできた。麻疹は、それよりも正直だった。
接種率を引き上げる政策手段は、すでに十分に検証されている。最も強力なてこは、入学・入園時の接種義務である。これに関する証拠はおおむね肯定的である ◈ 強力な証拠 [63] [65] [66]。イタリアは2017年の法律で子どもの義務接種ワクチンを4種から10種に増やし、未接種児の保育所への入所を禁じた。麻疹ワクチンの1回目接種率は2013年の90.4%から2015年には85.3%へ落ちていたが、2019年までに94.4%へ回復した [63]。フランスは2018年以降に生まれた子どもを対象に、義務接種を3種から11種へ拡大した。オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏では、生後12カ月時点のMMR1回目接種率が85.5%から87.7%へ上昇した [64]。ドイツでは2020年の義務化により、就学時点の2回接種率が89%から92%へ上がった [58]。
北米の証拠も同様である。カリフォルニア州では2016年施行の州法SB277によって、入学時における個人的信条を理由とする免除が廃止された。接種が完了していない幼稚園児の割合は2017年に4.87%まで下がった。ただし医学的免除はおよそ3倍に増えており、一部の家庭が別の抜け道を見つけたことがうかがえる ◈ 強力な証拠 [65]。ニューヨーク州は流行さなかの2019年6月に宗教的免除を廃止した。後のコホート研究によれば、ニューヨーク市外の学校で接種率が上がり、それを相殺するような医学的免除の増加は見られなかった [66]。オーストラリアは2016年から家族手当の支給を接種と結びつける「ノー・ジャブ・ノー・ペイ」政策を導入した。最初の2年間で、麻疹ワクチンの接種が完了していなかった若年層のほぼ5人に1人が追いつき接種を受けた [69]。もっとも、西オーストラリア大学の研究は、接種率はすでに上昇傾向にあり、政策効果は過大評価されていると主張している ⚖ 議論あり [70]。
2025年以降、米連邦政府の政策は正反対の方向に進んできた。2025年6月9日、ロバート・F・ケネディ・ジュニア保健福祉長官は、国の予防接種スケジュールを定めるCDCの予防接種諮問委員会(ACIP)の委員17人全員を解任し、後任として8人を指名した ✓ 確認済み事実 [67]。2025年9月、再編された委員会は4歳未満の子どもに対する麻疹・おたふくかぜ・風疹・水痘の4種混合ワクチン(MMRV)の接種に反対する議決を行った [71]。2026年1月5日には、保健福祉省(HHS)が通常のACIPの手続きを経ずに、子どもの定期接種スケジュールにおける対象疾患を17から11に減らした [68]。2026年3月16日、連邦地裁の判事が仮差し止め命令を出し、ACIPの新たな任命、再編後の委員会による議決、1月に改定されたスケジュールの効力を停止した [72]。
制度に及んだ打撃は接種スケジュールにとどまらなかった。ホワイトハウスは2025年8月28日、承認から1カ月も経たないCDCのスーザン・モナレズ所長を解任し、複数の幹部が辞任した ✓ 確認済み事実 [73]。2025年3月には、HHSが州や地方の保健当局に対するパンデミック期の補助金114億ドルを打ち切った。この資金は定期予防接種や感染症監視にも一部充てられていた [54]。2025年6月には、米国が国際的なワクチン同盟Gaviへの16億ドルの拠出約束を撤回した [74]。2025年9月にはフロリダ州が、入学時を含むすべてのワクチン義務を撤廃する計画を発表した。もっとも2026年4月の時点で、州議会は義務を一つも撤廃しておらず、良心的理由による免除を追加しただけだった [75] [76]。
子どもたちが、予防法の分かっている病気で苦しみ、命を落としている。その失敗は、すべて私たち自身にある。
――ノエル・T・ブルーワー、米国麻疹排除持続性委員会委員長、2026年8月 [20]テキサスの流行に対する連邦政府の対応は、こうした転換を象徴していた。流行のさなか、ケネディ長官はワクチン接種を前面に出すのではなく、治療法としてビタミンAとタラ肝油を推奨した ◈ 強力な証拠 [77]。WHOは確かに、麻疹にかかった子どもへのビタミンA投与を推奨している。特に欠乏症が多い地域では、重症化を減らす効果がある [9]。しかしラボックにあるコヴェナント小児病院では、ビタミンA値が上昇し肝機能に異常をきたした麻疹患児が治療を受けた。地元の小児科医の一人は、ワクチン接種の代わりに高用量のビタミンAを与えている親がいると証言した [78]。ベイラー医科大学のピーター・ホテズは、ビタミンAが子どもへのワクチン接種から目をそらす「気晴らし」になっていると指摘した [77]。問題はビタミンそのものではない。公式の発信において、予防が治療に置き換えられたことにあった。
| リスク | 深刻度 | 評価 |
|---|---|---|
| 米国が排除状態を失う | 2025年1月以来、感染連鎖が途切れていない。これを受け、PAHOが2026年11月に米国を審査する。10月半ばまでに患者4,410人に達しており、伝播継続と判断される公算が大きい [20] [1]。 | |
| 連邦レベルにおける接種スケジュールと諮問体制の混乱 | 仮差し止め命令により、2026年1月改定スケジュールと再編後ACIPは効力を停止された。しかし係争が続くなか、臨床医と保護者は相反する指針を前に戸惑っている [72] [68]。 | |
| 米国各州で免除が増加 | 幼稚園児の接種免除は全国で約4%に達し、24州で5%を超える。感受性者は特定集団に集中している [24]。 | |
| イングランドにおける接種体制の弱体化 | 訪問保健師は5年で約21%減り、MMR2回目接種率における貧困格差は2倍超に広がった [36] [34]。 | |
| 国際的な資金削減 | UNICEFによれば、資金不足が脆弱な環境に置かれた1500万人超の子どもへの麻疹ワクチン接種を妨げている。富裕国への輸入圧力も高まる [79]。 |
国際的な資金事情は、国内の状況をさらに悪化させている。2025年4月、WHOとUNICEFは、国際保健への資金削減が麻疹対策の成果を危うくしていると警告した。UNICEFのキャサリン・ラッセル事務局長は、資金危機によって「脆弱な国や紛争の影響を受けた国々にいる1500万人以上の弱い立場の子どもたちに、麻疹ワクチンを接種する能力が著しく制限されている」と述べた ✓ 確認済み事実 [79]。富裕国は、麻疹が循環している場所ならどこからでもウイルスを輸入する。日本で2026年に起きた再燃は主に輸入例によるものだった。カナダの最高公衆衛生責任者も、流行終息の際、渡航に関連した症例が今後も出ると覚悟すべきだと警告している [55] [18]。海外でワクチン接種への資金が不足すれば、国内にある接種の穴に飛び込む火花の数が増える。
第一の争点は、ワクチン接種の義務化が接種率を上げるのか、反発を強めるのかである ⚖ 議論あり [80] [81]。イタリア、フランス、ドイツ、カリフォルニア州、ニューヨーク州のデータは、義務が強化された後に接種率が上昇したことを示している [63] [64] [58] [65] [66]。米国の集団を対象とした実験研究では、接種を義務づけると、心理的リアクタンス(指図されることに反発する性向)の強弱を問わず、接種の意向が強まった [80]。他方、政治学者ケイティ・アトウェルの質的研究は、強権的な政策が筋金入りの少数派の反対を固定化させうることを見いだした。カリフォルニア州の経験も、接種を避けると決めた家庭が医学的免除へ流れうることを示している [81] [65]。平均的な接種率を上げるという点では、証拠は義務化に有利である。未解決なのは、流行の起点となる最も抵抗の強い集団に、義務化がどう作用するかという問題である。
第二の争点は、接種率低下が主にワクチン忌避の問題なのか、アクセスの問題なのかである ⚖ 議論あり [34] [38]。米国の公的議論はこれを忌避の問題として捉えており、医学的理由以外の免除の増加は、拡大しつつある少数派についてその見方を裏づけている [24] [6]。しかしイングランドでは、最も急な低下は最貧困層の家庭で起きている。しかもMMRワクチンへの信頼は表明上高いままであり、アクセスと追跡に問題があることをうかがわせる [34] [37]。123人が死亡した1989〜1991年における米国の再燃も、信念ではなく都市部でのアクセスの悪さが原因だった [32]。ニューアムの研究は、二つの要因が同じ家庭に共存することが多いと示唆している。少しだけ迷いがあり、しかも予約を取りにくい親。そうした親の子どもこそが、未接種のまま取り残される [35]。あらゆる穴を忌避の問題として扱えば、利便性を高めれば済むところに説得のための資金を浪費することになる。
第三の争点は、死亡率それ自体である。感染した子ども1,000人あたり1〜3人というCDCの数字は、公衆衛生上の標準的な推計である ⚖ 議論あり [48]。懐疑派は、現代的な集中治療を備えた高所得国ではこの数字がリスクを誇張していると主張し、カナダの流行で観察された死亡率がそれを大きく下回ったことを根拠に挙げる [18] [82]。これに対し公衆衛生の研究者は、死亡は最も目に見えやすい転帰にすぎないと反論する。未接種患者の5人に1人が入院し、脳炎や免疫健忘が生じ、稀ではあるが致死的な脳疾患が何年も後に現れうる。負担としてはこちらのほうが大きい [48] [30]。2026年に起きた米国の死者数をめぐる論争は、この議論がいかに政治化するかを示している。公式の数字が低ければ、一方はそれを安心材料と受け止め、他方は隠蔽と受け止める [1] [47]。
第四の争点は、制度への信頼の低下が接種率低下をどこまで招いているかである。世論調査を見れば、米国の共和党支持者において学校での接種義務への支持が急落したことは明らかである。2026年に発表された健康記録研究も、党派的アイデンティティが幼い子どものワクチン拒否を予測する要因になっていることを示している ◈ 強力な証拠 [38] [6]。ギャラップのデータでも、子どもへのワクチン接種を「極めて重要」とみる米国人の割合は長期的に低下している [43]。しかしMMRワクチンそれ自体への信頼は、両党の支持者を通じて高いままである。イングランドと日本では、それに匹敵する党派的な再編がないまま接種率が下がった ⚖ 議論あり [38] [55] [25]。北米において不信は強力な増幅装置である。だが、あらゆる国に当てはまる説明ではない。
体制が機能不全に陥っているとする論拠
イングランドでは、最も恵まれた地域と最も貧しい地域との間で、MMR2回目接種率の差が2019年から2023年にかけて5.3ポイントから11.5ポイントへ拡大した [34]。
イングランドでは2016年から2021年にかけて訪問保健師が約21%減った [36]。
2025年、世界で乳児730万人がDTPワクチンを1回目まで受けたものの、麻疹ワクチンの1回目には至らなかった [11]。
1989〜1991年における米国の再燃は、信念ではなく都市部でのアクセスの悪さが原因だった [32]。
米国人の84%(共和党支持者でも78%)が、MMRワクチンの利益はリスクを上回ると答えている [38]。
二つの論拠は互いに排他的ではない。2025年と2026年における流行は、むしろ両者が互いを強め合っていることを示唆している ◈ 強力な証拠 [34] [6]。行政サービスが手薄になれば、取りこぼされやすいのは貧しく、つながりの乏しい家庭である。信頼が二極化すれば、接種を拒む家庭は特定の共同体に集中する。麻疹はどちらの穴も突き、二つが重なる場所で最も速く広がる。免除率が高く、手一杯の診療所しかない信徒集団。あるいは訪問保健師の欠員が埋まらず、親の疑問に誰も時間を割けない貧困地区。そうした場所である [35] [26]。
信頼をめぐる議論の背後には誤情報の生態系があり、その規模は影響よりも測りやすい。2021年、デジタルヘイト対策センター(CCDH)は、FacebookとTwitterに6週間で投稿された反ワクチン投稿81万2000件のうち65%が、12のアカウントに由来すると分析した。その一つがロバート・F・ケネディ・ジュニアだった ◈ 強力な証拠 [83]。メタ社はこの分析手法に異議を唱えた [83]。MMRワクチンに対する現代の疑念を生んだのは、アンドリュー・ウェイクフィールドが1998年に『ランセット』誌に発表した論文である。この論文は2010年に完全撤回された [62]。四半世紀にわたって誤りが正されてきたにもかかわらず、その核心となる主張はいまも流布している。情報の訂正は必要だが、それだけでは足りないことを示唆している。人は事実を、それを伝える機関以上には信用しない [84] [38]。
本報告で集めた証拠は、明確な結論を支持している。麻疹が最も豊かな国々に戻ってきたのは、接種率が、ウイルスを抑えるのに必要な約95%を数ポイント下回ったからである。しかも不足分は、流行が始まり拡大する特定の集団に集中している ◈ 強力な証拠 [22] [7] [26]。低下の原因は国によって異なる。イングランドではアクセスと人員、米国では免除と二極化、カナダでは共同体単位での集中、ルーマニアでは長期にわたるアクセスの失敗、日本では輸入例である。しかし結果は同じである。かつて恒久的とみなされた排除状態は、覆りうるものだと判明した [55] [2] [3]。
だからこそ麻疹は、比類なく価値の高い診断指標となる。再生産数が12〜18であるため、伝播の遅い病気なら何年も表に出ない免疫の隙間を、麻疹は早期に検出する ✓ 確認済み事実 [7]。2022年から2025年にかけて、百日咳、ポリオ、ジフテリアも麻疹の後を追うように富裕国に戻ってきた [28] [52] [53]。麻疹の流行を綿密に追跡し、どこで、なぜ起きるのかを問う国は、子どもを対象とした予防接種計画全体が健全かどうかについて、早期に警告を受け取ることができる。さらに広く言えば、プライマリケアと公衆衛生サービスが、最も必要としている家庭にいまも届いているかどうかについても、である。
政策上の教訓は診断から導かれる。問題がアクセスにあるなら、処方は利便性である。夜間・週末の診療、薬局でのワクチン接種、学校でのキャッチアップ接種、接種を受け損ねた子どもへの積極的な呼び戻しがそれにあたる ◈ 強力な証拠 [34] [35]。問題が追跡にあるなら、処方は人員とデータである。訪問保健師、学校看護師、接種漏れをリアルタイムで知らせる登録制度が必要となる [36] [37]。問題が信頼にあるなら、義務化によって平均的な接種率は上がる。しかし流行の火種となる集団には、地域で信頼される伝え手と、一貫した姿勢を保つ国の機関も欠かせない [80] [81] [63]。ドイツの部分的な成功が示すように、単独で95%に届く政策手段は存在しない [58]。
- 公衆衛生機関に対して: 全国平均だけでなく、学校や地区単位で接種率を公表すること。そうすれば流行が始まる前に、集中している集団が見えてくる [23] [26] ◈ 強力な証拠。
- 保健医療体制に対して: 接種を受け損ねた子どもを見つけ出す追跡要員、すなわち訪問保健師と学校看護師に予算を充てること。人員が手薄になった場所から先に、接種率は下がるからである [36] [34] ◈ 強力な証拠。
- 立法者に対して: 免除の範囲を狭く限定した入学時の接種義務は接種率を引き上げる。イタリア、フランス、ドイツ、カリフォルニア州、ニューヨーク州がそれを示している [63] [64] [58] [65] [66] ✓ 確認済み事実。
- 国際的な援助国・機関に対して: 海外での麻疹ワクチン接種に資金を出すことは、国内で流行の火種となる輸入例を減らすことにつながる [79] [55] ◈ 強力な証拠。
- 流行データを読むすべての人に対して: 個々の流行を体制に関する報告として扱い、アクセス、追跡、信頼のうち、その場所でどの失敗が支配的かを問うこと [34] [6] ◈ 強力な証拠。
今後数カ月、注視すべきは米国である。2025年1月に始まった感染連鎖を受け、PAHOは2026年11月に同国の排除状態を審査する予定である ✓ 確認済み事実 [19] [20]。米国が排除状態を失えば、カナダ、英国と並び、公衆衛生における最も明白な勝利を手にしながら、それを手放した富裕国の一つに加わることになる。原因はウイルスではない。ウイルスは変わっていない。原因は数ポイントという算術であり、かつてその差を埋めていた制度であり、制度を機能させていた信頼である。
カナリアという比喩は、もう一つの点でも的を射ている。炭鉱夫たちがカナリアを見守ったのは、カナリアの身を案じたからではない。鳥たちが、目に見えない危険を、それが自分たちに及ぶ前に察知してくれたからである ◈ 強力な証拠 [8] [7]。保健医療体制にとって、麻疹はまさにその役割を果たしている。麻疹がいま捉えている侵食は、放置すれば百日咳、ポリオ、ジフテリアにも現れ、さらには人々に手を届かせ、説得する力そのものの全般的な喪失として表面化するだろう [28] [52] [53]。2024年から2026年にかけての計測値は明白である。富裕国がそれを警告と受け止めるか雑音とみなすか。次の計測値がどうなるかは、その選択で決まる。